「木霊の国から」 バックナンバー 111-115
ジャケツイバラ
第111回 森林鉄道 2002/05/18
『全国森林鉄道』(西裕之 2001年 JTB)という本を寝る前に少しずつ眺めている。
実物の森林鉄道を私は見たことがない。木曽とか四国の魚梁瀬には、長大な森林鉄道網があったと聞いたことがあるが、とうの昔に廃止になっていた。木材搬出はトラックになり、軌道跡は道路になって面影は消えた。
前掲書は鉄道マニア用のデータブックのような構成である。いろんな機関車の写真を見てもさっぱり区別がつかないメカ音痴の私だが、貨車に積まれた丸太についてなら、職業柄その重さや手触りが想像できるようになった。
なにしろでかいのである。太いのもは直径1m余り。松もあれば、広葉樹もあるようだ。チェーンソーもなしで、どうやって伐倒していたのだろう。想像もつかない。
小さな機関車が牽引する貨車に満載の木材にまたがって山を下りてくる男たちの顔立ちのなんと颯爽としていることか。いいなあ。彼らの仕事に較べたら、架線とトラックで細々と木を出している現代の我々の山仕事はママゴトみたいなものだ。往時は森林鉄道沿線一帯で、林業こそが基幹産業であり、伐出はその花形だったわけだ。
森林鉄道に乗る誇らしげな男たちの姿をみて、連想したことがある。「戦争」である。レトロな機関車が、日本軍の戦車や戦闘機に重なって見える。
不謹慎とのそしりは覚悟の上で、戦争はきっと面白かったと思う。辛いことや死ぬこともあるが、近代兵器を駆使して戦果を挙げつつ前進する兵士たちは、日々の作戦の技術的側面に面白さを感じていたはずだ。「国家のため」という大義名分つきで、最新式の高価なオモチャを与えられたのだから、早く使いたくてワクワクしてたかもしれない。負けて後は大義名分の中身を反省もするが、勝ち続けている国はいまだに戦争を面白がって(技術的に)いるばかり。
かたや、深山渓谷に鉄道線路を敷設して輸入機関車をしつらえて、一斉に森にのり込んでいくのも、たしかに面白そうである。樹齢数百年の天然林を伐ってどんどん出すのに、「木材供給」(建築・パルプ)という大義名分があった。しかも当時は経済的にももちろん成立していた。山人たちは、「環境破壊」なる現代用語を知らなかったが、山の神さまへの畏れはあっただろう。でも、みんなでやれば恐くない。大木をどしんと倒すのはさぞ面白かったに違いない。
我々の時代の不景気な山仕事は、大義名分の下で颯爽と肩で風を切るわけにはいかない。細々とした楽しみを私的に見いだすしかないわけである。(2002/05/18)
第112回 とりあえず地酒 2002/05/24
どこへ行っても酒屋はある。田舎の酒屋はつぶれない。酒は必需品だから。
サイクリングやバイクツーリングの旅で、あるいは出張先のビジネスホテルでも、落ち着く先を確認したら、まず近所をぶらぶらして酒屋を捜す。迷うことはない。そして、その店でいちばん普通に置いてある地酒の銘柄を選ぶ。
大関だの月桂冠だの、あるいはサントリーのウイスキーは、どんな小さな酒屋にも並んでいるが、旅先で呑んでも仕方がない。また、いつも呑んでる”いいちこ”を、よそで買うことはない。
旅先ではいつでも、通りがかりの酒屋の看板や電柱広告なんかで、地酒の銘柄をチェックしている。レトロな雰囲気の漢字のネーミングはいかにも地酒くさい。そうして覚えたものを早速ためしてみる。一人旅で一升瓶は過剰なので、お手頃なカップ酒をひとつふたつ選ぶ。
味音痴の私は、所詮どれを呑んでも区別がつくわけではないが、珍しい銘柄のレッテルで酒造元の住所を見て、こんな小さな田舎町の酒蔵が、これといった特徴もない(?)お酒を何十年も作り続けて、つぶれずに営業し続けている事実から、その地にみなぎる地酒パワーを味わうのだ。
私が不断に呑んでいるのは、近所のディスカウント酒屋で仕入れた、いいちこ、発泡酒、たまに安物バーボンなんかである。日本酒が懐かしくなる季節には、地元の酒を一升瓶で買う。ご近所・親戚の進物で、なんにも悩まなくていいのが地酒である。地酒は安売りしてないので、コストパフォーマンスはよろしくないが、近所に酒造関係の知人もあるし、地元の酒ならなんとなく安心という気持ち。これが地酒の生命線なのだろう。なんとなく選ぶだけであるが、もし、なくなったらとても淋しい。
女房の実家の越後には「雪中梅」の酒蔵があり、大阪では1本1万円余りするものを、そのへんの小売酒屋で2千円以内の普通のお酒の値段で売っていた。妙に東京で人気が出てしまって困っています、というふうに。地元の感覚としてはそういうことなのである。
味も値段も”フツー”だとしても、その地域に定着した地酒銘柄の歴史はには換えがたい。美味しければなおよいに違いはないが。(2002/05/24)
第113回 江川をはさんで 2002/06/01
毎日、通勤の車窓から眺めてる江川(ごうがわ)は、中国地方5県で最大の川である。広島県を源流域とし中国山地の山あいをぬって日本海へ続いている。大河とはいえ、流域に広い平野部が全くなく、V字谷のような地形がほどんどである。
右岸の国道261号線を平均70km/hで走っていると、河川敷が広いから、湾曲部では1キロ先の行く手まで見渡せる。水平移動は川沿いルートが一番早い。
国道の対岸には鉄道が走っている。三江線(JRさんこうせん 三次―江津)である。1両編成が中高生を乗せて一日数往復している。左岸の道路は、線路の脇を遠慮がちに通る狭い県道である。小学校も郵便局も農協も鉄道駅の周囲にある。その昔は、川向こうから橋を渡って、橋がないとこでは渡し舟を使って駅に行ったのであろる。
僻地だった右岸に1970年代になって改良国道が建設され、世間も車社会に変わり、江川をまたぐ橋の位置づけが変わった。歩いて駅に行くための橋から、逆に自家用車が国道に出るための橋に変わったのである。川を挟んだ両村の盛衰・悲喜こもごもは、ご想像のとおり。JR三江線の余命はわずかであろう。
さて、ときどきは地元の仕事を請けて、通勤ルートの対岸の集落の裏山伐開をやったりする。切り開いて登って行き視界が開けると、滔々とした江川の流れ越しに、今朝、通ってきた道が見える。かなり幅広の国道なのに、背景の高い山々や、河岸のヤナギと竹藪につつまれて、ガードレールはか細く続いている。縦一列でびゅんびゅんとばしている車(=道路)社会が、意外と狭い世界だったなのだなと、感じさせるアングルである。
それにしても、いまはなき”渡し舟”の営業風景を見たかったと思う。(2002/06/01)
第114回 連用日記はやっぱりやめた 2002/06/06
移り変わる四季のできごとを、同じ日付で比較できる「連用日記」に記録したら面白いかもしれないと去年思いついた(第56回 連用日記 2001/05/23)。その後、何度も一念発起するが、実現に至らない。
日々、広範な山野を仕事で走り回っているのだから、マイカーにノートを積んでおいて、気になった草木・鳥獣虫について、”ハツモノ”とか”マッサカリ”とか日付とともに簡単にメモしておけばいいだけのことである。数年間実績を積めば「今年のこの花は去年より○日早く、過去3年平均より△日早い」などと、自信を持って述べることができるかもしれない。
私がよく訪れた京都府美山町でホームページをつくっている自然ガイドの方は、職業柄このての観察記録を公開しておられる。「芦生の森・美山から」
http://www.f7.dion.ne.jp/~asiu/
修練の甲斐あって私も、彼の記述内容(草本・木本・動物名)が半分くらいはわかるようになった。テーマをしぼった連用日記は、動植物の名前を覚え始めたレベルの私の励みになるであろう。
でもなんか、ふんぎりがつかない。
連用日記の日付で、春や夏の訪れが早まっているのを確かめて、地球温暖化の証拠をつかもうというわけでもない。地球物理的現象は目を閉じて考えるだけでわかることである。なにも私がその労を担わなくても・・
連用日記が励みになって、知らなかった花の名前を次々と覚えるかもしれない。しかし、その花が去年いつ咲いていたかは既にさかのぼれない。山野草は奥の深いオジサン・オバサンの趣味である。年期がいるのである。
去年の日記をひもときながら、「まだ桜が咲かない」とか、「どうしてこんなに早く咲いたの」とか、データ上でハラハラするのが、個人的に楽しいのかというと、そうでもない。花なんて、忘れているうちにフト咲いていて、なんだかいつもより早いような気がする・・という曖昧な感覚でいるほうがお気楽でいい。
およそ自分の頭脳で覚えていられないことを外部記憶に頼るのは、便利であるがいざというときに役に立たない。インターネット検索が巧みな人は、口喧嘩で勝てない(いかにも私のこと)。もっと言えば、カレンダーの日付と自然現象とどっちが、人にとっての季節感なのかという問題でもある。ありのままの外部環境が人に季節感を与える。子供は昔のことなんか知らないし。
こんなふに曖昧にしているから、たいていの人が地球温暖化のサインを見過ごしてしまうのであろう。(2002/06/06)
第115回 ワールドカップの経済効果 2002/06/11
リーグ戦で日本がロシアに勝ったので、娘にローソンでハーゲンダッツを買ってやるはめになった。ついでに私も酒を買う。小さな小さな経済効果である。
隣町の出雲市は、アイルランド・チームのキャンプを誘致し、経済効果はプラスだったと総括していた。外からやってきたいくらかの人々がお金を使ってくれたことに加え、町のイメージアップも加算している。後者の算定根拠は眉唾である。
そもそも誘致費用に、市民のボランティア活動は計算外である。プラス効果と言っても、いちばん消費行為が盛り上がっただろう地元市民たちが、一定の所得の中からサッカー景気でお金をつかった分だけ、他の方面の売上は落ち込んだはずだが、この点には触れていない。誘致当事者の”大本営発表”はこんなものである。追いかけた夢は最後まで壊さない。
とはいえ、はしゃぐきっかけを見つけてきて、楽しく飲み食いに浪費してしまうというのは、悪いことではない。冠婚葬祭みたいな、損得勘定ぬきの地球市民のおつきあいである。めったにないことなんだから、たまにはハメを外して。豪勢な料理も残さずきちんと食べきればあながち無駄ではなかろう。(そういう意味で会場に空席を残した不手際は論外である。)
日本全体でいえば、お祭りの主催者が客を招いて振る舞ったというレベルで、”自己満足的な意義のある出費”だったとわりきればいい。
終わった後に残される問題は、むしろスタジアムである。一会場あたり2回やそこらのワールドカップ本番のために、バカみたいにでかい施設をあちこちに建ててしまった。客席に屋根を架けるのがワールドカップ仕様だから、本体と別に数十億円の建設費が上積みだ。当日、雨は降らなかったから、結局無駄だったということ。巨大なスクリーンビジョンも数十億円単位である。芝生の管理にも手がかかる。広すぎて使い手がいないから、今後、維持費に毎年数千万円の赤字が見込まれているらしい。公(おおやけ)のお金だから、気にならないだけである。
スポーツ施設でほんとうに経済にプラス効果を生んでいるのは、阪神タイガースが好調(レアケース!)の年の甲子園球場くらいではないだろうか。(2002/06/11)
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