きもの (和と洋)



 引っ越す前まで東京清水学園清水とき先生の門下生として
又、認定校としてきもの教室を開いておりました。
 島根に来て今は休んでいます。
今日まで皆さんに助けられ、沢山の人との出会いがあり
 いろいろ人生勉強もさせて頂きました。
人との出会いは私の宝物です。
 これからも沢山の出会いを、大切にしていきたいと思います。

 きものの仕立ては、一枚の長い布(1反)で
模様がそして材質の織りと染が、表情と味を出して
 どなたの身を包むのかしらと想像しながら
ひと針・ひと針進める、出来上がりが楽しみ。
 着物の寸法も、ひとりひとりあるけど
洋服と違いどなたにでも合わせ着る事が出来る。


清水学園専門学校 
http://www.shimizu.ac.jp/



 大変だけどもとても楽しい。
三原態(丸型太鼓・縦型立て矢・垂型文庫)の組み合わせで
 沢山の結びが出来る。自分でも創り出せるから楽しい。

日本の伝統・きもの

 こちらでは着る機会がなくなりとても寂しい。
まわりを見ても着てる人を見かけない。
 皆さん機会を作って着物を着ませんか。
この夏から浴衣を着てみてはいかがですか
 普段着です。カジュアルです。
遊び心を持って個性豊かに着てみましょうよ。







 高校を卒業し上京、文化服装学院に入学。
2年間服飾を勉強したが当時、男性は少なく
 全校でも数えられる位でした。
今は男性も多勢みえます。

 半年間の寮生活・門限は19時。
新宿駅西口・南口から門限ぎりぎりで走る・走る。
 門限を過ぎると罰則(トイレ掃除)があるから
自分だけではない部屋全体なので責任は重い。
 外出も時間と行き先・理由を舎監の先生に
告げて出掛けなければならない。
 とても窮屈だったが良い思い出となっている。
一緒に生活をした仲間と会いたいと思うのは歳のせいかな?

 その後、友達と早稲田(大学の側)でアパートを借りる。
お風呂は銭湯(その頃は利用する人が多かったので沢山あった)
 トイレや台所も共同が殆どだが私たちが借りたところは
畳半畳分が出入り口(玄関)と台所(流しと裸のガスこんろ)
 当時の部屋代は、畳一枚が1,000円でした。





 卒業して郷里に帰るつもりがその当時、
丸の内のBG(OL)と言えば女性の憧れでした。
 私もそのひとりで東京ビル(中央郵便局の隣)の
中にあるN会社に入社する。
 ビルの前を都電が走っていた。
その都電も廃止されて今はただ一ヶ所(早稲田〜三ノ輪)だけ
 一緒に机を並べてた先輩が今、社長となっている。
大きい会社だから活字として目にとまる。

 今は、デザイン・サイズともに、豊富で手軽に手にすることが出来ます。
服飾関係に就職してたら、今どうしてるだろうか?
 どんな人生になってたかな?


文化服装学院 http://www.bunka-fc.ac.jp/



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