トップへ戻る

医光寺 天石勝神社 萬福寺 三宅御土居
医光寺正面
南北朝時代に創建されその後いったん廃絶した医光寺は、戦国時代に益田氏17代宗兼によって再建されました。島根県指定の重要文化財である医光寺総門は、七尾城の大手門を江戸時代に移築したものと伝えられています。

(写真は医光寺本堂入り口)

1479年には、雪舟が60歳で益田を訪れた際、医光寺に美しい庭園をつくっていきました。国の指定史跡である庭園は、武家様式の池泉観貫半回遊式庭園であり、山の斜面を生かして立体的に作庭され、須弥山石や枯庵、鵜を形どった池や亀島の彼岸の石組の美しさとともにしだれ桜やつつじ、楓などが四季折々に色づく室町時代の名庭で、雪舟の作庭と伝えられています。

(写真は医光寺総門)

医光寺総門