石見銀山
(いわみぎんざん)
石見粘山
(いわみねんざん)

石州瓦

  

石州瓦の歴史


  今から約2,800年前に中国で瓦が人類史上初めて生産されました。それからおよそ1,400年後、百済より仏教とともに日本に瓦が伝来しました。日本では瓦の歴史は1,400年ということになります。



  瓦の生産は日本各地で行われていますが、その中で特に、三州(愛知県)、淡路(兵庫県)、石州(島根県)は日本三大瓦産地となっています。 石州の中でも特に大田市の水上町付近は酸化鉄分の少ない良質の粘土が埋蔵しており、粘土瓦の製造に特に適した原料があります。
  石州瓦は他の産地の瓦と比べ高温で焼成されます。(1,250度以上)これにより固く焼きしまり、叩くと金属音がします。 石州瓦は瓦の高級ブランドとして全国(特に西日本)で広く愛用されています



                         
 
 石州瓦には独特赤みを持った来待瓦という赤瓦があります。
島根県松江市宍道町で採掘される来待石を原料とした釉薬を使うことにより独特の赤い色の瓦が製造されるのです。
 石州地方の町並みはこの赤瓦が連なり、独特の雰囲気を醸し出しています。
石州地方・・・島根県は明治以前は出雲地方(安来〜出雲)と石見地方(大田〜益田)の国に分かれていました。石州とは石見地方の事を言います。

                              


赤瓦が連なる、石見銀山の町大森町の町並み




 
昔の瓦製造は登り窯といわれる窯を構築して、主に人力により瓦を製造していました。









  現在は原土処理から出荷検査まで機械化及びコンピューター管理されて瓦製品品質が均一化されています。







地震について
 大きな地震が発生すると必ずニュースに映し出される崩壊した瓦屋根。
 これらは戦前などに建築された耐震性に乏しい建物なのです。日本は地震より台風の被害の方が確率は高い。だから耐震性はあまり考えず、とにかく台風で飛んでしまう軽い屋根(トタン葺き等)より、飛ばない瓦葺きの屋根が多かったのです。
 しかし、近年は耐震性を考慮した瓦屋根の建築ガイドラインにそって建築されますので、全く心配ありません。茨城県つくば市の滑ヤ組の『技術研究所』を始め多くの実証実験で阪神大震災以上(M8クラス)の大地震でも1枚の瓦のずれも落ちることもなく、安全性が確認されています。
 特に滑ヤ組の『技術研究所』では多くのマスコミを招いた中で安全性を確認致しました。
 地震と台風、日本の自然災害対策にマッチした瓦こそ最適の屋根材といえるでしょう。
 さらに、陶器であるため頑丈、堅牢で100年もメンテナンス(色あせ、破損、凍害、塩害に非常に強い)がフリーです。(100年も一軒の家に住み続けるような事はないでしょうけれど。)
耐震実験についてはこちらからご覧下さい。


石州瓦と粘土 

今後の課題

産業廃棄物

粘土について

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