日刊よむよむ じゅうにがつ


 
「いまここ」を生きるりえのデイリートークショウ!

  12月31日(日)雨:かなり寒い

なんだか妙な1日。やたらと眠い。掃除しては眠り、きんとん用のサツマイモを裏ごししては眠る。自動書記もするTちゃんが以前、人間はパワーアップする前、カラダとココロを浄化するために眠くなるって言ってたけど、それでかなあ。買い物に出ても、左目の奥がズキズキして、頭痛と吐き気で落ち着かない。なんだかホントにヘンな1日だ。

そうは言いつつ、夜はナント「紅白」を見てしまッた。きゃー。何年ぶりだろ。しかも最初から最後まで。でもおもしろかったぞ、なかなかに。日本の芸能界で歌う歌手も、けっこう歌がうまくなったなあ。個人的に今年の「紅白」で興味深かったのは、ピンクレディの信じられないスタイルの良さと、和田アキコ&サブちゃんの歌でした。イカすオトナが増えたらさ、日本ももっともっと面白くなると思ってるから、この4人には力付けられたよ。私もカッコイイオトナになるぞ。

さて、いよいよ21世紀だ。でもさ、世紀が変わっても、何も変わんないんだよね。「変わる」んじゃくて、「変える」んだよ、自分で。さあ、私はどんな世紀にしようかな。

  12月30日(土)曇り:夕焼けがキレイ

帰省1日目。すでに食べ過ぎで胃を壊すの巻。だってどこを見ても食べ物があるんだもん。(おせち料理作りの時期アタリマエか)今日はオモチもついたぞ。あんもちかなりウマシ。2〜3個つまむ。子どもの頃はこねながら5〜6個つまんでたっけ。嗚呼、恐るべし、子ども時代。(今も?)

窓拭きもしたぞ。(ちょっとだけ)「ナゼ日本人は年末に大掃除をするのか?」とアメリカ人のHに聞かれて、困ったことがあったっけ。そうだよなあ、何もこのせわしない年末(しかも寒い)にしなくても、普段からやっとけばいいんだよなあ。母親に尋ねると、「まあ、精神的なモンだわね。サッパリして新しい年を迎えようっていうね」と一言で片づいた。そうだったのか、気持ちをサワヤカにするためだったのか。 「最近は海外で新年を迎える人も増えたから、時代が変わってきてんだろうけどねえ」う〜ん、時代の流れが人間として正しい方向に向かっているとは限らんと思うぞ。

スキを見て、母方の祖母、美代子さんを訪ねる。彼女はウチの実家から車で20分の所に住んでいる。約90歳なんだけど、シャキシャキとおせちを作っていた。現役で家事をこなす。う〜ん、すごすぎ。ムリしちゃイカンでよ、おばあちゃん。お茶を飲みながら1時間以上お喋りをしてしまった。ああ、おもしろかった。

久しぶりに実家で年末を過ごすと、いろんなことをオモシロがっている自分に気付く。大掃除におせち作り、おもちつきやしめ縄作りと、日本文化に触れてるぞ。小さい頃はアタリマエだと思っていたこと、ちょっと大きくなって、クダラナイと思っていたこと、そんな「行事」を今またオモシロイと感じている。ああ、最近のワタシってなんだかつくづく温故知新モード。

  12月29日(金)晴れ:ドライヴ日和

本日より帰省しまする。約1週間です。こんなに長いのは、家を出てから初めてのような気がするぞ。荷物をパッキングしてんだけど、すごい量になってしまッた。本が12冊、CD25枚、MD7枚(バンドの練習曲含む:6日はライヴだ)、道中のオヤツ(だって片道5時間以上かかるんだもん:これって言い訳!?)、着替えもジーンズやら革ミニスカートやらジャージやら盛りだくさん。靴だってスニーカーにロングブーツ、ショートブーツ。イギリスに3週間行った時より大荷物じゃ。

だって1週間のバケイション! 時間はたっぷりあるよ。と言いつつ、毎日飲んだくれてるのかもしれない・・・。取りあえず「よむよむ」再開は新年4日でございます。読者のみなさま(少なくとも10人はいるらしひ:嬉しや)、よいお年を。21世紀にお会いしましょう。

  12月28日(木)曇り時々晴れ:最近のドロ雨で汚れてたんで洗車した

1日中年賀状と格闘。100枚完成。でも年下の同業者や生徒には書いてないから、もっと増えるかも。人と比べたことないから、少ない方か多い方か分かんないけど、私の場合は例年こんなもんだ。

学生時代は1枚ずつ干支のイラスト書いて、ちょっとしたお便りも書いていた。でも社会人になり、枚数が増えると、そうもしていられなくなった。印刷屋に出したこともあったが、なんだか味気ないんだよなあ、これが。その後、しばらく写真の年賀状が気に入って利用していた。近況を書くより、顔を見てもらうのが1番分かりやすいかな、と思ったからだ。バイクと一緒だったり、あこがれのドラマーと一緒だったり。その年の1番の思い出の写真を年賀状にしていた。担任をしていれば、クラスの生徒と一緒に撮って、全員に送ったりもしていた。(一人ひとりが「あ」「け」「ま」「し」「て」・・・なんて紙持って写ってんの)

そして、ここ数年、特にメールをよく利用するようになってから、また1枚ずつイラストを書くスタイルに戻っている。金色などの絵の具で、思いついたイラストや字を1枚1枚、和紙でできたはがきに書いていくのだ。時間はかかるが、どんな絵が出てくるのか、自分でもけっこう楽しみながらやっている。表書きも筆だ。ヘタウマな字だが、味があると楽しみにしてくれている友人もいる。中には額に入れてるよ、なんてモノズキもいるから嬉しい。その人のことを思い出しながら、1枚ずつ書き、「年賀」と朱書きして、切手を貼る。印刷や出来合いのモノに比べると、時間もお金もかなりかかるが、年に1度のあいさつ状なのだから、これくらいしてもいいかな、と思っている。また、これくらいする心の余裕を忘れてはいけないな、とも思う。

「年賀状なんてクダラナイ」とツッパッていた頃もあったっけ。でも、季節感のある、新年を祝うグリーティングカード、やっぱりいい文化だなあと最近つくづく思うってことは、年とともに丸くなってきたってことかな。

  12月27日(水)曇り時々晴れたり雨が降ったり:夜は星が出てた

夕方モーレツにコーヒーが飲みたくなったんで、豆をガリガリ挽いてたら、はかったようにまっちゃん(G)が来た。偶然さつまいもケーキも2つあった。時々いるんだよね〜、こういうラッキーな人って。まっちゃんはおととい買ったばかりの大村憲司さんのCD「 Kenji Shock 」を持ってほくほくしていた。ケンジさんのCD化されていなかった最後のアルバムだ。

コーヒーを飲みながらさっそく聞いてみる。おお、なつかしいフュージョンサウンド! ドラムはあのジェフポーカロ。ギターにルカサーもいたり、TOTO結成前の豪華メンバーだ。プロデュースはハービーメイソン。う〜ん、ウエストコーストな音。(意味不明)

まっちゃんはケンジさんとクラプトンをこよなく愛するギタリストだ。ケンジさんの最後の映像は宮沢和史さんとの競演だっけ、てな話しになり、過去のDMをめくってみる。ああ、あったあった。ブームのビデオに彼も参加していると書いてある。ビデオの番号をさっそくメモるまっちゃんは満身の笑顔。「さっそくこのあと予約してこようっと。りえさんアリガトー!」そして颯爽と帰っていったのだった。なあんか、最近聞く音楽や見るビデオって連鎖してんのよねえ。それとも単に業界でのファミリーにハマッてるだけかしら。

さて私はといえば、今レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンにもハマッている。メル友のK君(D)が推薦してくれたんだけど、これがまたシックリくるんだなあ。彼とはリズムの好みがかなり似てるんで、オススメのバンドはたいていピタリとハマるのだ。音楽を聴き、ビデオを見、本を読む毎日。ああ、至福の冬休みじゃ。

そうこうしているうちに夜になった。おっと、今夜は今年最後の忘年会。幹事はTさんだから、上等の日本酒がたくさん飲めるぞ〜。ほぼ毎晩飲んでるなあ。ああ、これもまさしく至福の冬休み。あ、言っとくけど、この冬休みって有給だからね。センセーに「冬休み」はナイので誤解なきよう。

  12月26日(火)曇り:スタッドレスタイヤに変えたのだ

6年くらい使っていた腕時計のガラスが割れたので、修理に持って行った。業者が休みに入るということで、手元に返るのは1月末になるらしい。しばらくお別れだ。

いつだったかこんなことを聞かれた。「腕時計をするならどんなのがいい?」これが 実は心理テストになっているのだ。「ハデでないモノ」「ゴージャスなカンジのモノ」「時計の最低限の機能が付いていれば、どんなのでもいい」答えは人それぞれだ。さて、この答え、実は好みの異性のタイプを表すらしい。ちなみに私の答えは「腕時計なんて面倒なもの、イラナイ」だった。む〜ん。

昨日H君とおしゃべりをしていて、たまたまこの腕時計の話題になった。ついでに聞いてみる。「ねえねえ、腕時計ってどんな存在なの?」ずっとナゾだった問題だ。安いモノは100円で買える。高いモノは数十万円。腕時計の価値って何? どうやって自分に合う腕時計を選ぶの?

「ネックレスとか指輪って、それだけじゃない? でも時計って動くんだよ。」おおおお! ナルホド〜。なんだか目からウロコだ。「しかもさ、普通動くモノって、こっちがスイッチ入れたりしなくちゃいけないでしょ。 でも時計ってさ、自分だけの力で動いてんだよ。すごいと思わない?」うん。思う思う。誰かも言ってたな、「腕時計は宇宙だ」って。(誰だったっけ)「じゃあさ、どうやって自分にはコレダッ!って一品を選べるの?」「う〜ん。腕時計にも顔ってあるじゃないですか。やっぱり見た時に、あ、この顔イイなって直感が働くんじゃないですか? あとは付けた時の付け心地かなあ。」ふうん。ちなみに彼は結構な腕時計オタクでもあるのだった。某ドラマの松嶋菜々子ちゃんの腕時計はなかなか良かったと言ってたっけ。(わたしゃ全然分かんなかったぞ)

修理ついでに、売り場にある腕時計を眺めてみる。へえ、いろいろあるんだ。気付かなかったな。いろんな腕時計を見て回るのもいいかも。そのうち私好みのモノに出会えるかもしれない。

  12月25日(月)曇り時々初雪:ホワイトクリスマスだ!

子どもの頃のクリスマスは、家族6人で過ごしていた。1年でこの日しか買わないデコレイションケーキ(誕生日はホームメイドだった)の上の「メリークリスマス」と書かれたチョコレイトの看板や砂糖でできたサンタの飾りを、姉妹3人で争って食べていた。縁側をステージに見立て、子どもたちで出し物をした。劇をしたり、歌ったり、踊ったり。クリスマスが近づくと、大人たちには内緒で、姉を中心に練習をしていた。晩ご飯はごちそうだ。クリームスープやポテトサラダを楽しみにしていた。チキンの先のアルミホイルがとても贅沢をしている気を起こさせ、子ども心にワクワクした。家族と自宅でほのぼのとやったクリスマスパーティの思い出は、今でも私の心をぽかぽかとさせる。

ちょっと大きくなり、クリスマスを家族で過ごすことが幼稚に思えてきた。友達とパーティをし、遅く帰宅すると、家族がクリスマスケーキを食べずに待っていた。切ない思い出。デコレイションケーキに感激することもなくなり、プレゼントは当然貰えるものと驕っていた。それでも親は毎年の恒例行事としてケーキを買い、ディナーを作った。プレゼントも押入れに隠しておいて、クリスマスの日に手渡してくれていた。

もっと大人になると、クリスチャンではないのだからクリスマスなんて関係ない、とこの日を冷ややかに迎えるようになった。サンタの格好をした街の人やデートをしている恋人たちを馬鹿にしたように見、日本って変な国だ、とあらゆることに批判的になった。

そして今。クリスマスを、特定の宗教のお祝いの日というより、愛や平和といった人間にとって最も大切なものを再確認する日と捉えている自分がいる。ジョンレノンの「ハッピークリスマス」が歌われ、戦争だってお休みになるクリスマス。自分にとって大切なものが何であるか、大切な人が誰であるかに、あらためて気付く日なのだと思える。家族で今日を迎える人、恋人と迎える人、家で過ごす人、戦地で過ごす人、世界中の誰もが、愛に包まれ、平和な心安らぐ状態で、今日を過ごせますように。

HAPPY CHRISTMAS !!! I HOPE YOU HAVE FUN.

  12月24日(日)曇り時々雨:ちょっと霙もアリ

朝早く起きて、駅まで人を送る。朝の澄んだ空気と空いた道路がもったいなくて、そのままドライヴに行ってしまった。車にはちょうど、昨日手に入ったばかりのCDが4枚積んである。 2枚聞いたら引っ返そうと国道を東へ進むことにした。

往路はバースディプレゼントにもらった「 LIVE Beautiful Songs 」(2枚組)だ。 雑誌で紹介されていたのをよく見かけてはいたが、なるほどとても良い。鈴木慶一、奥田民生、大貫妙子、矢野顕子、そして宮沢和史の5人が歌っている。みな個性的で、とても聞き応えがある。「うた」っていいな、と単純に感動した。

宮沢和史の唄が気に入ったので、通りかかった街で彼のソロアルバムを買う。「 Sixteenth Moon 」。先日のグルーヴ・ダイナシティでもとても良い唄を聞かせてくれていた。バックのメンバーも良い。(ドラムはマヌ・カッチェ)う〜ん、堪能。

3枚聞いちゃったけど、ここでUターン。復路1枚目はグレン・グールドというピアニストが弾いたモーツアルトのピアノソナタ集。グールドはいわゆる天才肌のピアニスト。もう30年以上前になくなったが、CDの演奏はリアルで勢いがある。彼のとった生き方は万人受けするものではなかっただろうけど、その妥協を許さない姿勢が演奏にも出てると感じるなあ。

2枚目は村松健「 KEN plays KEN 」。(「ガーシュインプレイズガーシュイン」のモジリか?)彼のピアノが以前から大好きだった私が飛びついたこのCDは、完全ピアノソロアルバム。彼の曲を聴くと何だかホッとするし、癒されるんだよなあ。これもとっても良かった。

ちょうど家が見えてきた。旅行でもしてきたかのように、何だか新鮮な気分。クラシック好きでスピーカーも作っちゃうある喫茶店のマスターが「音楽は籠もって聴かなくちゃ!」と言ってたけど、まさにそう思った音楽鑑賞ドライヴの巻でした。

  12月23日(土)晴のち雨:天気予報オオアタリ

ゆうべ午前3時過ぎに寝たのに、今朝もキッチリ6時前に目が覚めてしまった。チッ。なんだかソンした気分〜。

今日は合唱祭とクリスマスライヴ2本立ての日。(どっちも私はお客さん)合唱は、みんな楽しそうに歌っててヨカッタ。でも、合唱は見るよりやっぱ歌う方がいいなあ。クリスマスライヴは、4バンド出演。おもしろかった!でも、ライヴは見るよりやっぱやる方がいいなあ。

どんなジャンルにせよ、オンガクをやると、その人となりが如実に出てオモシロイね〜。日常生活では隠されてるその人の本質がバレバレ。あと、人前でやるときは、それに「どう見せるか」ってエッセンスも加わる。前者だけの人もいるし、後者も意識してる人もいるし。いろんなコトを改めて考えさせられて興味深かった1日でした。

あとさ、他のバンドでプレイするフク兄もおもしろかった。(フク兄はAISってバンドもやってんの)明日はむねGバンドで忘年会。今日のフク兄の衣装のブレザーにネクタイ(!)の裏話も聞いてみようっと。へへへ。

  12月22日(金)快晴:朝靄がとってもキレイだった

ワーイ。ついに2学期終業式。今年は夏休みが1日短かったんで、冬休みが1日長いのだ。普通の学校は月曜日が終業式。なんだかとっても得をした気分。

生徒は冬休みだけど、もちろんセンセーはシゴトがある。帳簿の整理したり、生徒のいない教室を整頓・修理したり。でもさあ、気分はとってもラクだよ。責任が減って、気持ちがスゴク楽になるんだ。だって生徒がいたら、事故やハプニング含め、毎日気が抜けないじゃない? 取りあえず自分のことだけ心配すればいいって、家族が実家に戻って、一時独身に戻った気分。(ちょっと違うか)

したいコトがたくさんたくさんある。毎日アウトプット中心の生活だったからさ、ひたすらインプットしたい。本読みたい。映画観たい。おいしいモノ食べたい。綺麗な景色を堪能したい。温泉つかって身体を伸ばしたい。いろんな人と語りたい。音楽聴きたい。キリがないよ。でもさ、休みの時しっかりインプットしとかなきゃ、学校が始まった時、自分がカラカラになっちゃうんだ。心がガリガリに痩せちゃうんだ。そのくらい、人の成長を見守るシゴトって、全エネルギーを使うんだって思ってる。

もう夜中過ぎてんのに、興奮して目がさえてるよ。ああ、今日から冬休み。何からしようかな。

  12月21日(木)晴れ:朝起きたらまだ星が出てるんだよ

清々しく目覚めたぞ。シゴトも快調にこなせたのだ。よいお酒は残らないのね、なんて思ってたら、Tくんがヨロヨロしてた。「昨日ボクはどうやって家に帰ったの?」ナント記憶が飛んでいた。ああ、私ってお酒に強かったのね、と周囲の評判に納得の巻。(ちなみに彼は体育会系)

夜は久しぶりにむねGバンドの練習。なんとフク兄が5弦ベースを買ってた。ものすごブイブイ言わせてんの。うへえ。すごすぎ。「フク兄、ゴマンエツ?」と聞いたら「う〜ん、アンプも変えねば」と爆弾発言。

久しぶりの練習は、なんだかリズムに乗り切れなくて、音の間からザラザラと流れ出ちゃうカンジ。それでもだんだんノレるようになってきたけど。ちょうど波乗りみたいだなあ、オンガクも。

フク兄からクリスマスプレゼントにデコレーションケーキをもらい(わーい!)、練習よりケーキが気になるりえでした。ああ、食べたい。でもせっかく丸ごとだから、明日人に見せるまで、手を出さずにガマンしなくちゃ。ああ、ツライ。ゴージャスな彼女を手に入れた彼ってこんな心境!?(ちょっと違うか)

  12月20日(水)曇り時々雨:傘がいるようないらないような

とっても飲んだのだ。私が「とっても」って言うのは、ホントに「とっても」なのだ。日本酒がおいしかったのだ。一緒に飲んだTくんは、果たして無事に家にたどり着いたのかなあ。わたしゃ元気に歩いて帰ったぞお。

  12月19日(火)曇りのち晴れ:球技大会できてヨカッタ

最近毎日来客がある。いろいろな人が出入りするようになって、なんだかここも風通しが良くなったような気がする。台所も毎日フル回転だ。鍋や食器たちが活気付いていくのが分かる。ついでに秘蔵の酒蔵の回転も速いぞ。

  12月18日(月)晴:洗濯物がよく乾いたのには驚いた

お通夜に行った。お経を聞きながら、人間いつ何があるか分からないんだから、やり残しがないようにしとかなきゃ、なんて思った。そうしたら、一緒に参列したノリコちゃんが同じことを言った。ああ、みんな考えることは同じなんだな。

  12月17日(日)曇り一時雨:引っ越し終わってから降った

なかなか寝付けない。もう午前1時をとうにまわっている。横で寝ている両親と妹は寝付いたのだろうか。頭が冴えていて、いろいろなことを考える。それでもそのうち少しずつうとうとし始めた。

しかし、夜中に何度も目が覚めた。眠りが浅い。いろいろな夢を見る。何だろう。久しぶりに肉親が集まったせいで、何かの回路が開いたのかな?

ようやく朝が来た。まだ外は暗いが、ゴソゴソと起き出す。あとの3人も起きて、身支度を始めた。今朝は引っ越し業者の人が荷物を引き取りに来る。私のアパートで朝食を取り、妹のアパートへ向かう。彼女の2階の部屋からダンボールを階下へ下ろす。冬だというのに、たちまち汗ばんできた。

荷物をトラックに積め、業者と両親は地元へ帰っていった。妹はアパートの引き渡しをした後、電車で帰ることになっている。引き渡しはものの3分で終わった。昼食は、むねG、リョーコちゃん(むねGの彼女)、まっちゃん、フク兄と一緒に、ささやかなお別れ会をすることになっている。要するに、ウチでみんなで鍋なのだ。食材を買って、下ごしらえをし、みんなを待つ。

正午を回って、みんなが集まってきた。宇部のライヴのビデオを見ながら、ああだこうだと言いつつ、鍋をつつく。今まで何十回とやってきたことだし、これからもやるだろうことだ。でも、この日常だって永遠ではない。

妹を駅まで送り、夕方までみんなでビデオを見ながら音楽談義。夕飯時になったので、それぞれが帰路に着いた。むねG、リョーコちゃん、お誕生日プレゼントありがとね。

みんなを見送った後、中学3年生のMくんに借りたジョンレノンのビデオをようやく見始める。ビートルズ好きの彼と音楽の話しをする時は、完全に対等な立場での会話になる。「なるべく早く見てくださいよ」と言われてたっけ。ジョンとヨーコ2人の映像が続く。今まで何気なく見てきたショットなのに、今日は不思議と引っかかる。原因はヨーコのようだ。どうやら私は、突然ヨーコに興味を持ったらしい。1人でも完結して人生を過ごせるようなヨーコにとって、ジョンの存在はどんな意味を持っていたのだろう。そしてまた、ジョンにとってのヨーコの存在意義とは? 冬休みにいろいろ調べてみようっと。

長かった1日がようやく終わろうとしている。何だかいろんなことがありすぎて、ボーッとしてしまうな。妹の気配すらなくなったこの土地だが、やっぱり明日という日がいつも通り来るのだろう。

追記:
昨夜あまり寝ていないので、早めに床に入ったのだが、友人からの電話で起こされる。彼女の義理の姉が亡くなったとのこと。いつかゆく道とはいえ、心穏やかになれない。彼女の家を訪れ、今帰宅した。今日はなんという1日なのだろう。今日が終わるまで、あと15分。

  12月16日(土)晴:めずらしくやや暖かい

妹が地元に帰ることになった。私のあとを追って(?)この土地に移り住み、約4年間ここで暮らしたことになる。いろいろな人が別れを言いに来る。その場面に立ち会うたび、妹も、もちろん私も、なんて素晴らしい人たちに囲まれて生活しているんだろうと感動する。

私が大学時代アルバイトをしていた小料理屋には、なぜかここの出身の男子学生が多くいた。彼らは一様に純真で、飾り気がなく、気さくで、さっぱりしていた。そんな彼らの気質が大好きで、当時から気になる土地ではあった。教員として最初に赴任する土地がここと分かったとき、とても嬉しかった。行ったこともない土地なのに、妙に惹かれていた。あの土地に行けば、何かが得られるという確信に似たものがあった。

私はこの土地が本当に気に入っている。「水が合う」などという表現があるが、まさしくそんな感じだ。この土地も、気候も、風土も、ここに住む人たちも大好きだ。ここは人口5万人の田舎町だ。だが、この適当な空気の抜け具合が、妙に私の呼吸にピッタリと合うのだ。

島根県の教員の移動ルールに、「本拠地で最低3年間勤務する」というものがある。出身地に帰れない教員を救済するためのルールと思われる。が、私はそのルールのために、いつか地元に行かなくてはならない。「地元に行く」という表現は奇妙に聞こえるかもしれない。しかし、私にとっては、はやり「行ってくる」という表現が適切なのだ。

それでも、そのルールをクリアしたら、またこの土地に帰ってきたい、と今は思っている。これほどまでに私を惹き付けるのは一体何なのだろう。もしかして、前世に関係あるのかな?

  12月15日(金)快晴:青空が眩しい

イギリス研修(詳しくは「日刊よむよむ」9月28日からを参照)の報告書が届いた。研修の日程、視察報告、個人別課題研修報告を載せた73ページからなる冊子だ。記録担当の先生(参加者には全員何らかの分担があった)が原稿をまとめ、印刷、送付してくれたのだった。久しぶりに「あの時」のことを思い出した。

毎日の雑務に追われ、自分が文部省海外派遣団員だったことを忘れそうだ。私一人が「勉強になった」で終わってはならない、周囲に還元しなくては、と思っていたにもかかわらず、こんな調子だ。いかんいかん。後輩教員のためにも、自分という教師が持つ経験や知識を垂れ流していかねば。身も心もちょっと弱っていた私に、気合いを入れ直してくれた報告書だった。

しかし、久しぶりだなあ〜。みんな元気かなあ。今月皆生温泉(鳥取県)で忘年会アリ。遠くて行けないけど、皆さんの健康とご多幸をお祈りしてマス。

  12月14日(木)曇り時々晴れ:昨夜遅かったから寝坊しちゃった

相変わらず体調悪し。昨日の注射以来、めちゃくちゃ眠い。力入らず、階段もままならぬ。保健室のベッドが空いてたんで、ちょっと休ませてもらうことにした。

保健室って興味深い。いろんな人が入ってくる。いろんなドラマがある。保健室の先生ってタイヘンだあ。でも、やりがいがあるんだろうなあ。

目が覚めたら、女の子が2人「リエセンセイ、大丈夫?」と覗き込んでた。「センセイでも休むんだね」そーだよ。人間だもん。「よく眠れた?」うん、グッスリ。子どもって、とっても気持ちのやさしい、人を思いやれる生き物だと思う。オトナって、どうして自己中心的になっていくんだろうね。子どものことを残酷だって言う人もいるけど、温かく扱われて成長した子どもって、他者に対してとっても温かいんだ。子どもは社会を映す鏡とはよく言ったモンだ。子どもはいつだって変わらない。変わっていくのは、オトナの方だし、オトナのせいだ。

ああ、それにしても、身体が思うように動くって何て力強いことなんだろう。いろんなことを再確認できるから、たまには弱るのもいいのかもしれない。

  12月13日(水)曇り一時雨:セーター寒い、フリースってツワモノ

今度はジンマシン女。ああ、次から次へと神様ったら試練を与えるのね。

残業中、上履きの中で足が膨れていくような気が・・・。家に帰って靴下を脱いでみたら、真っ赤に腫れているではないか! シモヤケか!? いやしかし妙だぞ。様子を見ることにし、夕食(元下痢女にはやっぱおじや)をいただく。しばしくつろいでもう一度足を見やると、真っ赤だった足に、3pくらいの水ぶくれが点々と発生しているではないか! おおおお! こりゃ一体ナンだ!? 初めての現象に、リエ唖然。とりあえず実家に電話をしてみる。「ねえねえ、両足に3pくらいの水ぶくれがたくさん出てんだけど、こんな既往症あった?」母「いいや、覚えがないよ」う〜ん。

そうしている間にも、水ぶくれ君たちは、足先から太股まで移動してた。つまり、どんどん上がっていってるのだ。ややや。もしかして、このままほっといたら、頭から抜けていくのカシラ。ああ、それもおもしろそう。だがしかし。お腹に来たら、やっぱ内臓にも影響するかも。そりゃあ、メンドい。時計を見ると、既に午後10時。しかし、行きつけのY先生に電話することにした。

「もしもし、夜分すみません。今日診察してもらったリエです」「はいはい」「夜になって、両足に水ぶくれが出てきたんですが」「はあ、どのくらいの大きさですか?」「ええと、大きいのは3pくらいです」「ああ、そりゃ典型的なじんましんです」Y先生、言い切った。「ほっといても大丈夫ですか?」「ええ、大丈夫ですけど、かゆいでしょ? ウチに来たら、注射を1本打ってあげますよ」「ワーイワーイ! すぐ行きます」

病院に着くと、すでに寝間着姿のY先生が出てきてくれた。「身体が弱ってるとね、異物が入った時に、じんましんが出やすいんですよ」へええ。注射を打ってもらう。Y先生自らに打ってもらって、リエしばし感動。(ヘン?)とたんに、あれほどひどかった水ぶくれ君たちが、いっぺんでいなくなった。ああ、夢だったみたい。いやあ、しかし来てヨカッタ。薬ももらう。「私もね、岡山に学会で行った時、シャモを食べて、じんましんになったことがあるんですよ」診察時間外のY先生は、とっても気さくだった。

それにしても、と考える。何食べたっけ。思い当たるのは、夕方食べたアンパン。ええ、あれだったのカシラ・・・。でもアンパン大好きリエは、また食べるぞお。

  12月12日(火)曇り時々晴れ:ものすごでっかい月が雲から出て来る瞬間を見たのだ、ものすごゴージャスだったのだ

実は私は下痢女だった。ああ、過去形で書けるのがとってもウレシイ。金曜日の夜からずっとトイレが親友。食べたらキッチリ出るんで、だんだん食べるのが億劫になってきて、ほとんど絶食状態。しかし、依然として出るものは出る。人間の体内って不思議ねえ。週末だから行きつけのY病院もお休みで、私は為すすべもなく、ひたすら下痢女だった。

昨日の朝病院が開くのを待って、速効で見てもらいに行った。私はY先生をとっても信頼している。状態を詳しく、しかも分かりやすく説明してくれて、解説プリントまでオミヤゲにくれる。薬は漢方が多い。薬を出すくせに「できるだけ飲むな」と言う時もある。彼は月イチで「ともに生きる」という会報まで作っている。つくづくマメなお医者さんだ。

実はこのクソ忙しい師走のせいで、私の体重は既に3s落ちていた。その上に今回の下痢女で、さらに1s落ちてしまい、かなりダメージを負っていた。「あなた、先週熱が出てたでしょ?」「へ? 計ってなかったから気がつきませんでした」あきれた顔のY先生。「それより力が入んなくてシゴトになりません。先生、どうにかしてください」「わかりました。点滴を打ちましょう」「わーい」「2本必要ですね。1本1時間、合計2時間かかります」サッと顔色が変わるリエ先生。ヤバイ、このあと授業があるのに。状況を察しているかのように、Y先生が暖かく微笑む。「午前中いっぱいかかります」案に職場に連絡しなさいと促しているかのようだ。

チクショーと悔し涙を浮かべつつ、いつしか病院のベッドで眠っていた。2時間経ち、看護婦さんが起こしてくれた。身体が暖かい。力が出てきた。「点滴ってスゴイですねえ」と言うと、これまた察しているかのように、「だからってムリはいけませんよ」とキッパリ言われてしまった。

漢方薬と解説プリントをいただき、職場に戻った。「人間はね、水と塩が最低必要なんですよ。食べ物が食べられなかったら、水か湯に塩を溶かしたのを飲みなさい。そうしたら生きていく上で必要なものが補われますから」水と塩。そういえば大阪のおにぎり師匠でもあるN先生も同じことを言ってたっけ。「塩ですよ、塩」って。

信頼できる医者が身近にいるって、本当に幸せなことだと思う。自分の身体といえど、わからないことが多い。身体の通訳をしてくれる医者という職業を、私は心から尊敬する。でも世の中、信頼できない医者もいるんだよな〜。医者を目指すワカモノよ、人の身体だけでなく、その人格ごと大切にできる医者になってくれ。「人が生きる」という大変なことを常に探究する医者になってくれ。

さて、昨日の点滴と漢方薬と解説プリントのおかげで、本日無事下痢女を卒業。急に食欲が戻ってきたぞ。ああ、ミソカツ食いてえ、お鮨もいいなあ、でも冬だから雑炊もいいぞ、いや何といったってカニだよカニ。食べるって行為は、つくづく生きることへの執着と直結してるな。そういえば最近食べることに貪欲じゃなくなってた。いかんいかん。ああ、復活できてヨカッタ〜。

  12月11日(月)曇りのちみぞれ:今夜は20世紀最後の満月、でも見えないのが残念

以前夫だった人から電話があった。とても久しぶりだ。おめでたい話しの報告だった。来年初めに結婚すると言う。よい人に出会えてホントによかったね〜と言うと、照れながらもそう言って貰えて嬉しいと答えていた。

彼はとてもよい人物だ。人を大切にし、人情にも厚い。尊敬できる教師の一人でもある。私と彼の両方を知る人間は今だに言う。「彼もアンタもいい人なんだけど、二人が夫婦だったってコトが信じられないんだよねえ。だって全くタイプが違うんだもん。」的を射たコメントにいつも苦笑する。

いろいろあった。お互いを傷つけたこともあったし、自分自身を傷つけたこともあった。でも今、こんな嬉しい話しができることを本当に喜んでいる。「結婚が決まったら連絡しようね」10年前別れ際に交わした約束を彼は覚えていたのだろうか。それとも気にしてくれてたのかな。

それにしても、最近私の周りで起きる出来事はものすごい。今までの人生の総決算をし、新たな人生が始まるといった状況を持つ人がかなりいる。反対に、今まで騙しだましきたツケが一気に押し寄せてる、なんて人もいる。単に世紀の数字が変わるだけでなく、とてつもなく大きな変化が生まれつつあることを実感する。私自身も、生活が大きく変わる予感がするし、またその前兆がすでに始まっていることを自覚している。他の人たちはどうなのかな。みんな、変化に気付いてる?

  12月10日(日)雨:駅伝大変

XYZで一緒に活動していたベースのともさんが、来月から東京へ行くことになった。今日はそのともさんの激励会兼ビンボー楽団(詳しくは7月の「よむよむ」参照)の忘年会で、いつもの練習場で飲んで食べてライヴしてセッションした。

ともさんは約30年前、この市で最初にアマチュアのロックコンサートを企画・運営した人物だ。彼のステージを見、影響を受け、バンドを始めた若者の一人にむねGがいる。ともさんはその後、インドへ行ったり、京都へ行ったり、あちこちを彷徨っていたが、ここに居るときは、欠かさずライヴを企画し、バンドマン(ウーマンもいるぞ)の親睦?を図った。おかげで、ここでのバンド活動は何だかサークルみたいで、お互いに仲がよい。今日も、本当にいろいろな人たちが集まった。

ひとしきりセッションをしたあと、最後にともさん(V)とアキラさん(G)が、ストーンズの「LOVE IN VAIN 」を演奏した。「この曲は、30年前からずっとアキラとやってる」ともさんが目を細めながら言う。なんとも切なく、甘く、渋く、そしてソウルフルな演奏だった。涙が出そうになった。

人間は出会いと別れを繰り返すが、別れとは何なのだろうか。縁があれば、また会えるだろうし、今生でなくとも再会することもあるかもしれない。魂は永遠であり、いつだって自由だ。ともさんと知り合えた運命に感謝し、ともさんから学んだことを、魂に刻みつけておこう。

  12月9日(土)快晴:洗濯日和じゃ

「英語教育達人セミナー」に参加するため、島根県松江市へ行った。車で4時間以上かかるので、朝5時出発だ。このクソ忙しい師走になぜそうまでして参加したかというと、やっぱり良い授業を作るため。そして、今回の講師の顔ぶれも魅力的だった。 「指導技術発表会」では、松江一中の田尻先生、「英語授業を支える技術と思想」と題して島根大学の築道先生、「授業のバージョンアップ」で東京都立武蔵村山高校の谷口先生、そしてそして! 「イギリス人の英語VSアメリカ人の英語」という講演をあのNHKラジオ英会話でお馴染みの大杉先生が持たれたのだった。ミーハーの私はこの4名の先生の大ファン。特に大杉先生の最近の著書「イギリス英語はおもしろい」(DHC発行/CD付1600円)は、先日のイギリス出張に持って行った程だ。あわよくば本にサインをしてもらおうと、ちゃっかり持って行くことにした。

松江市内のお気に入りの喫茶店で朝食を取り、会場へ向かう。思ったより参加者が少ないことに驚いた。遠く岡山県や、海を隔てた隠岐島からの参加者もいるというのに、地元松江市や近隣の市町村からの参加が極端に少ない。少なからず憤りを感じた。私の勤務校には計4人の英語教師がいる。都合がつけば、みんな行きたいという勢いだった。距離は熱意の前には無意味なものなのだ。輝いている人というのは、どこにいても輝いており、そうでない人は、どこにいようが燻っているんだな、と痛感した。

この日の内容は素晴らしく、来た甲斐があったと大満足した。(大杉先生のサインももらったし、握手までしてもらッちゃッた!!)さすがに懇親会は諦め、再び車で4時間の帰路についた。松江の月は美しいが、ニシの月だって綺麗なんだぞ、という妙な自信をつけ、安心してニシの果てへと向かったのだった。

  12月8日(金)快晴:冬用ズボンが暑く感じる

サイズ合わせをお願いしていたリングが届いた。ニナリッチのもので、アクアマリンというブルーの石が使ってある。なかなかに迫力のあるリングだ。

社会人になってからずっとお世話になっている、I さんという宝石販売の人がいる。 職場に出向いてくれて、支払いは給料引きで金利ゼロという手軽さから、度々お世話になってきた。彼は私の好みと、私に似合うものを熟知しており、私が気に入りそうなモノを入手するとすぐに持ってきてくれる。今回のリングも、そんな一品だった。

普段リングを付ける習慣のない私は、彼が持ってきてくれたリングを1度断った。しかしどうも彼は気になっていたようで、他のお客さんが買わないように、密かに隠していたらしい。先日も「絶対りえさんに身につけて欲しい」と珍しく強力にプッシュしてきた。彼がここまでこだわるのは初めてのことだ。

彼の目を信じて、また私自身実は気になっていたことから、先日思い切って購入した。サイズが合わなかったので、指につけた様子を事前に見ることはできなかったが、「きっとお似合いですよ」と断言する彼を信じることにした。

そして今日。ついに手にすることができた。彼の言った通り、左手の中指にはめてみる。吸い付くようにピッタリと、私の指に収まった。迫力のあるリングなのに、大人しく私の指にくっついている。かなりよい。

不思議な縁で、今日からリングを付けることになった。今日はジョンレノンの命日。そして、ブルーは、偶然にも昔フォーチュンテラーが私に常に身につけておきなさいと言った色なのだった。

  12月7日(木)快晴:青空が目に眩しい

県内の高校英語教師向け雑誌への寄稿文を書いた。もう随分前に依頼されていた、クリスマスが締め切りの原稿だ。日々目まぐるしく様々なことが起き、その都度こちらも成長させてもらえる教育現場では、つい1ヶ月前の自分の考えが、もう浅く感じられる。ギリギリまで自分を待たせて、その時のベストの自分を表したい、そう思って、今日まで書かなかった。

「学校週5日制について、中学校の現場の教員の意見を」と言われたのだが、どうにもピンとこない。だいたい週5日制のことを、中学校では問題視しているのだろうか。(総合的な学習の時間については、熱い議論が繰り広げられてはいるが)学力の問題? 塾産業の過熱化? 部活動の扱い? そんなことではなく、私が1番関心があるのは、学校週5日制=学校外週2日制から起こるだろう、社会の中の学校というものの位置づけの変化だ。学校に依存した生活を送っている教員は、果たして生き残れるか!? そんな内容になってしまった。 

依頼したセンセーは、まさかこんなコト書いてくるとは思ってないよなあ。「中学校の現場では、時数削減から予想される学力の低下と・・・」とか「中学校で積み残した学習事項が高校での負担となって・・・」なんて内容を予想してんじゃないのかなあ。でも、私の原稿は「今日はバンドの練習日。あーたのし」とか「ハーレー乗りたいよ〜」とかそんな内容。ううむ。キツいか? 差し戻されても困るなあ。取りあえず、早めに原稿を送って様子を伺おう。

  12月6日(水)晴れ:朝車の窓が凍ってた

運命の日。有無を言わさず、21世紀の私の舞台が決まってしまった。個人の力ではどうにもならないところに、諦めではなく清々しさを覚えた。

  12月5日(火)曇り:フィンランドのサンタさんに手紙を書いた

先日 WOWOW で放送された「 GROOVE DYNASTY 2000 」の録画ビデオが手に入ったので、夜風呂上がりのスコッチをいただきながら見た。ドラムってカッコイイわ、と再確認。

なんかさ、ドラムの音やビートって、人間の根元的なモノを揺さぶるって思わない? 日常生活の些細などーでもいいコトをすべて浄化してくれるカンジ。生きるヨロコビみたいなモノを再確認しちゃうよ。

バスドラは鼓動かな。ハイハットは日々の中のちょっとしたウキウキするコト。シンバルはでっかいイベントごとのわくわく感。スネアは気合いで、タムは仲間たちとの調和。1つ1つの音色が生活を彩ってくれるカンジがするよ。

ドラマーってミュージシャンって言うより、叩き屋ってカンジ。叩くことで付く筋肉はとても芸術的だ。(村石さんの腕ってメチャクチャかっこいいわ)音楽の中にスッポリ入っちゃうドラマーって、色っぽいとさえ思う。

ああ、最近ドラム叩いてないから、サスガの私も日常のどーでもいいコトをため込み気味。どんなに疲れてても、ドラムを叩くと身体の気みたいなモノが通って、すうっとラクになるんだ。リズムを通すとキモチいいんだよ。

今日はもうおねむなんで、ビデオは途中でストップ。続きは明日見ようっと。

  12月4日(月)晴れ:ぽかぽか

ダイアン・リーヴスのライヴを見に行った。低音で迫力ある声を持つ彼女の歌声は、素直でクセがなく、ぶっ通し1時間半のステージの間中、まったく飽きることがなかった。彼女の歌だけでなく、バックのメンバーの演奏も見応えがあり、久しぶりに聴くプロフェッショナルな演奏に大いに満足した。

  12月3日(日)雨のち曇りのち晴れ:「雲の切れ目が光るとき」BY TILT(コシノさんの曲だったっけ)

益田まで帰りきれず、昨夜はビジネスホテルに泊まった。私はホテルに泊まることが実は好きだ。日常から離れた何もない部屋は、自分の身の振り方を考えるのに最適な場所だ。「ホテルに缶詰」という表現を耳にするが、まさしく自分を缶詰状態にして、一体自分はどうしたいのか、何をするのか、その様子を伺うのが楽しい。

今夜は、最近ずっと捕らわれているある「考えごと」を、じっくり追求してみたかった。一体どうしたもんかなあ。締め切りも近いし、そろそろ結論を出さなくちゃいけないんだけど、どうにも決めかねるなあ。傍らにあった写真集を見る。「あなたの傍らには常に神がいる」のか。じゃあ、出雲の神さま! 今回ばっかりはマジでお手上げなんだ。スゴク困ってる。いっつも出雲大社お参りに行ってるじゃない。今回だけでも、どうか私に何か声を聞かせてよ! お願いします!!

ぱあん、と木のはじける音。そのうち、ぱあん、ぱあん、と何回も聞こえ始めた。 頭の中で、声を聞いたような気が、した。 ああ、そうか。本当だ。それが1番いい方法だよね。

目が開いた。あれ? 今閉じてたってことは、いつの間にか寝てたのかな? でも、寝起きにしては妙に清々しい。 今のって、もしかして出雲さんだったのかな。時計を見ると、午前1時すぎだった。

 

  12月2日(土)晴れ:ポカポカで避難訓練日和

島根県の西の端益田市から東の端安来市まで引っ越しのお手伝い。車で5時間以上の長旅だ。県内を移動するだけなのに、こんなに時間が必要なのはどうにも解せない。どうにかしてくれ、島根県!!

途中、日本三大美人湯の1つ、斐川町湯ノ川温泉の近くの道の駅で休憩。売店を物色していたら、ある写真集に目が留まった。「 SHIMANE: Kami stays close to us.」(古川誠撮影/スタジオフェイス発行/1500円)だ。神事の最中と思われる神主 3人が、橙色の夕日の中、海辺を歩いている表紙だった。 表紙の美しさに思わずその写真集を手に取ってみた。

これがあの島根県かと驚くほど、素晴らしい景色がいっぱいあった。夕日の中の築地松、雪の中の一畑電車、高津川で遊ぶ子ども。どれも見たことのある風景なのに、自然の光や雲が作り出す一瞬の表情がその風景を彩っている。私とこの撮影者とでは、島根を見る視点が全く違う。私は島根を全然分かっていないな。なんだか恥ずかしくなった。

それにしても、どうしてこんなに素晴らしい瞬間を見逃さずにキャッチでき、しかも写真という手段でより印象的に残せるのだろう。この人にとって、自分以外の光景は、どのように目に映っているのだろう。撮影者に会ってみたいと思い、写真集の後ろにあった電話番号に電話をしてみたが、あいにく留守だった。

島根は細長い県なので、ヒガシとニシの間には、確実に「壁」が存在する。教育、財政、商業、文化、あらゆる分野で格差があると私は思う。ヒガシで生まれて育ち、ニシで社会人として働きながら、そうした壁を実感してきた。憤りを感じることもあった。だが、この著者はどうだ。島根を丸ごと受け止め、それぞれの良さを暖かく表現している。ヒガシだニシだと騒ぐのもつまらないことだったな、と素晴らしい写真の数々を見ながら反省してしまった。島根全体をとらえられる大きな視野を持つ人間を目指すことにしよう。

  12月1日(金)晴れ:久しぶりにお月さんに会えた

下校指導に三百坂の下に行く。下校指導というのは、試験中など、部活動がなく全校生徒が一斉に下校する場合の交通安全指導だ。600人近くが一気に学校を出るのだから、壮観である。

三百坂というのは通称で、約300Mの急な坂であることから、誰かが呼び始めたらしい。視界2Mの、先の見えない本当にクネクネとしたきつい傾斜の坂道だ。危険だが、近道になる。通学路ではないが、通りたくなるのは当然と言えば当然だろう。だがしかし。通学路ではない(つまり危険)限り、センセーは通すわけにはいかんのだ。安全に家庭に帰すのもセンセーのシゴトなのだ。というワケで、ここの担当は通せんぼ。え?くだらないって? センセーのシゴトなんて、TVドラマと違って地味なモンなのさ。

きのうまで指導に立っていたMちゃんが「私もうイヤ」と弱音を吐いた。「だってこっちの目を盗んで、強行突破しようとするんだもん。スゴーク恨めしい目でみんな私を見るから、私なんだかスゴク悪いコトしてるような気になっちゃうんですよ」おおお。リエゴンの闘争本能(そんなんあるのか)に火がついたぞ。「そりゃあオモシロイ。今日はぜひ私に行かせてくれ!」

三百坂は、見事な紅葉のトンネルになっていた。そのトンネルをバックに、まるで橙色のかすみ草のように、柿の実が浮いている。そして下は、金色の稲穂。そんな景色を、どこかで焚き火でもしているのか、白い煙がぼんやりと紗をかけていた。あまりの見事な色彩に、私の目は釘付けとなった。

そのうち、ふと我に返る。あれ、生徒がヤケに通らないぞ。不振に思いながらも、時間になったので駐車場へと向かう。駐車場で、三百坂の近くで立っていたAちゃんと一緒になった。「りえセンセ、生徒少なかったでしょ?」「うん、なんでかなあ」おかしくてたまらないという顔でAちゃんが言った。「だって、生徒、怖がってりえセンセに近づかなかったんだもん。コワ〜とか言って、前に行けなくて私の周りをウロウロしてたの」なぬ?? 私は黄色い交通指導棒を抱えて立ってただけだぞ。なぜに?

勝負!と張り切ってここまで来ただけに残念。これって不戦勝!? でも、あの素晴らしい秋の色彩を堪能できたんだから、三百坂に来て本当に良かった。さあて、学校に戻って、期末試験の採点の続きをしようっと。

 

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