8場
夢の途中 〜 今からだっておそくないのよ
男は目覚めた。現実ではない、まだ夢の途中だ。
男をたたき起こしたのは、子供たちの熱気だった。本番2日前、芝居の迫真度が目に見えて上がっていた。たとえば、競売人が首領のナイフを受けた時のリアクションだ。ほんとに何か起こったのかと思うぐらいの悲鳴が、舞台のテンションを高めていた。
本番に合わせて調子を上げてくるなんて、こいつら落合博満か。今までは「オレ流」のキャンプ&オープン戦だったのか。それに比べてこの俺は…(なぜか急に一人称)。
男は自分にカツを入れた。豚カツを食ったとか、そういうベタなことを言っているのではない(言うてるがな)。やおら、男を緊張の渦が取り巻いた。蚊取り線香とか、そういうベタなことを言うな(自分やろ)。
ひとり漫才をしている場合ではない。遅まきながら男のエンジンに火が入った。
みんなが力をあわせれば何だって!
ついに迎えた13日。楽屋入りした男は落ち着きがなかった。もちろん本番を6時間後に控えた緊張もあるが、その前にキャストを3人とっつかまえて、打ち合わせておかないといけないことがあったからだ。
「カーテンコールでそれぞれ何かやってください。当日(本番前)のゲネで見せてもらいます。」
この指示が出たのが2日前の、最後の練習の終わりの時だ。それまではただ単に4〜5人で最前列まで進んでおじぎをしていた。なんでまたこんな慌ただしいタイミングで…と最初思ったが、今はわかるつもりだ。例えば、1日早く指示が出ていたらこのすばらしい演出は一転、ボツになっていたかも知れない。
カギはその「当日のゲネ」終了後に妖怪の楽屋を駆け巡ったウワサにある。
「何かパフォーマンスした後、必ずおじぎを加えるように」という指示が出ているらしい、というものだ。そういう指示なら、誰かが現場で聞いていそうなものだが、直接聞いたものは誰もいない。本番直前だというのに、こんな得体の知れないプレッシャーがかかるなんて…。だがここで妖怪高校生の二人、川崎くんと山口さんのファインプレーが飛び出した。卓先生の所へ行って真相をただしてきた二人は、
「そういう指示はでてませーん」と妖怪軍団に知らせて回った。男は感動した。
「若いってすばらしい。俺もそんな時代が(以下自粛)」 …舞台裏の数々のドラマを経て、いまミュージカルという表舞台のドラマが花開こうとしている…。
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