郷土の偉人
郷土の焼き物

七尾城・三宅御土居・
中須東原遺跡


若返りの間

石州口の戦い







田畑 修一郎  SYUICHIRO TABATA
家  たばた しゅういちろう
明治36年(1903)〜昭和18年(1943)  本名  田畑 修蔵
明治36年9月2日、美濃郡益田町(現益田市本町)に生まれる。濱田中学校、早稲田大学と進み、その間同人誌を発行し、小説を発表する。益田と東京を行き来するが、養母キクの死後、旅館紫明楼の主人となる。昭和4年、紫明楼を譲り、一家をあげて東京に移り住む。 昭和13年、小説『鳥羽家の子供』を出版、芥川賞候補となるが惜しくも落選。この後も小説、随筆を多数出版。昭和17年、『出雲・石見』取材のため、益田に帰郷。昭和18年7月23日、取材先の盛岡にて急逝。平成4年、益田市名誉市民となる。
徳川 夢声 MUSEI TOKUGAWA
芸能文化人  とくがわ むせい
明治27年(1894)〜昭和46年(1971)  本名  福原 駿雄
明治27年4月13日、美濃郡益田町折戸に生まれる。1才で津和野町へ転居、3才で上京。中学校卒業後、活動写真弁士となり一時代を築く。その後、映画(俳優)、テレビ、ラジオ( ※ 朗読 『宮本武蔵』・『サザエさん』・『西遊記』 等)、多方面で活躍。昭和14年、上京後初めて益田を訪れ、その後は頻繁に帰郷した。益田市制10周年記念として『益田音頭』を作詞。益田市は市政15周年記念として辻の宮境内に「送り火のけむりに何をみつむるぞ」の句碑を建立。昭和46年8月1日逝去。

岩本 薫和 KUNWA IWAMOTO
棋士  いわもと くんわ
明治35年(1902)〜平成11年(1999)  本名  岩本 薫
明治35年2月5日、美濃郡高津村(現益田市高津)に生まれる。 3才で釜山(韓国)へ移住。9才で囲碁を覚え、11才で帰国し、広瀬平治郎に入門した。順調に昇進する。昭和4年、現役を引退してブラジルへ移住。その後帰国し、現役に復帰。昭和21年、本因坊戦に勝ち、タイトルを獲得。本因坊薫和を名乗る。後年は海外(南北アメリカ、ヨーロッパ)への囲碁の普及に尽力した。平成11年11月29日逝去。平成14年、生誕百年を記念して、日本棋院より関係資料が故郷益田に寄贈された。益田市名誉市民となる。